| ニューヨークで大リーグ観戦! アーカイブ: ヤンキースタジアム・ツアー編 アーカイブ |
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ヤンキースタジアム・ツアーに参加してきました。 球団の歴史を教えてもらったり、フィールド、ダッグアウト、モニュメントパーク、クラブハウスなどを訪れるツアーです。 所要時間約1時間で、値段は一人12ドル。 ヤンキースタジアムは1923年4月18日にオープンしました。 その後1976年に改装されましたが、今現在アメリカで3番目に古い球場だそうです。 年間約400万人がヤンキースタジアムで野球を楽しむそうです。 今現在新ヤンキースタジアム建設予定で、完成は2009年になるそうです。 |
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このツアーは、プレスルーム→クラブハウス→ダッググアウト→グラウンド→モニュメントパーク→スタンド→オフィシャル・グッズ店の前で解散というコースでした。 参加者の人数は一グループに約100人くらいいて、一日に何回も行われます。 ただし、一般の個人での参加では12時のツアーしか選べなかったのですが、30人以上のグループだと独立してツアーを組んでくれるようです。日本人の方も同じグループにいましたよ。 まずはプレスルームから見学です。 |
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プレスルームに行く通路の壁に、ヤンキースがワールドシリーズを制覇した年度が書かれていました。 2000年の10月26日に26回目のワールドシリーズ優勝を達成しましたが、ここ最近は全然です・・・しくしくしく 。2005年度は絶対優勝です!してもらわないと困ります。 |
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参加者全員がプレスルーム(報道陣用の部屋)にある席についてヤンキースタジアムや球団の説明を聞きました。 さすが特等席ですね、球場全体がよく見えます。 |
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シーズン中はバドワイザーの看板の下がNHKのカメラクルーの場所らしく、松井選手の一挙手一投足全ての動きを捉えていると笑いながら説明していました。 |
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オフシーズンなのでグランドの芝やチームロゴがはがされていました。ちょっと寂しい感じがして残念。 昔はこの球場でモハメッド・アリのボクシングの試合があったり、NYジャイアンツ(アメフトのチーム)のホームグランドにもなっていたことがあったそうです。 1928年のフィラデルフィア・アスレチィックス戦で、観客動員数が何と8万5265人も記録したそうです。 ちなみにこの球場の収容人数は5万7545人。いったいどのように入ったのでしょうか? |
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今までヤンキースタジアムで放ったホームラン数の多さは、1951年から1968までヤンキースでプレーした、ミッキー・マントルの266本で、今現在もこの記録をやぶったヤンキース選手はいないそうです。 彼は19歳で大リーガーになり、通算536本塁打、MVP、首位打者、ゴールデングラブなど数々のタイトルを持っていた名選手でした。 また、史上最長本塁打の記録も持っているのですが、約195メートルの飛距離だったそうです。 その当時のセンターまでの距離が約140メートル。 すごいホームランバッターだったことを物語っています。 |
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この奥には、クラブハウス(選手のロッカールーム)があります。クラブハウス内はセキュリティー上の問題でカメラ撮影が禁止されています。残念! クラブハウスに入って左側のシャワー室の入り口近くに松井選手のロッカーがありました。 棚にはゴジラの人形が飾られていたり、玄米茶やゆうゆうパックの紙袋などもありました。 ジーター選手のロッカーは2つあるそうで、1つはファンレターやプレゼントが置かれているロッカーだそうです。 かなりの数が届くそうです。 |
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ダッグアウト(ベンチ)に入っちゃいました。シーズン中ここにヤンキースの選手が座っていると思うとどきどきしちゃいました。 パパは自分の世界にふけっていました。 パ「この辺りにジーター選手、ここに松井選手が座っていたような、ブツブツブツ・・・ホームラン撃ったらここから飛び出して、ブツブツブツ・・・」 |
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ヘルメットとバット入れ。何も入っていないのでちょっと寂しい・・・ |
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今回のツアーガイドのトニーさん。 何処から来たのと質問されて日本から来ましたと答えたら、笑顔で松井選手の話をしてくれました。 |
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ヤンキースタジアムの天然芝。 松井選手が守っているレフトから写真を撮ってみました。実際にフィールドに出れたのはラッキーです! |
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球場の中間後方にあるモニュメントパークには、ヤンキースの名選手のレリーフや記念プレートが飾られています。 |
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モニュメントパークはヤンキースの伝統や栄光を感じることが出来ます。 今現在はヤンキースでプレーした18人の他にヤンキースタジアムを建設したオーナーや球団関係者のレリーフもあります。 シーズン中は試合45分前までファンに開放されているそうです。 |
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ジョージ・ハーマン・ルース、愛称べーブ・ルースのレリーフ。ベーブはマイナーリーグ時代の監督、ジャック・ダンによって才能を発掘されました。 この時彼はまだ19歳。 あまりに監督にかわいがられていたことから、チームメートがからかって、「ダンの新しい赤ん坊(Babe)」と呼んだ事から、ベーブというニックネームが付きました。 べーブ・ルースは1914年にメジャーリーグのボストン・レッドソトックスに投手として入団しました。 投手としてもすばらしい記録を残しています。 1920年のトレードでヤンキースに入団し、レフトにポジションを変更。その後引退するまでに、平均打率 .342、714本塁打などの記録を残した偉大な選手です。 お金にだらしがなく、実家が酒屋だったせいか大酒飲み、さらに大食漢(ハンバーガーが大好き)だったそうです。 いろいろ欠点も多かったようですが、子供が大好きな彼は、皆に愛された選手です。 彼は孤児院で育った故か、孤児院で過ごしていた子供達全員にグローブとバットを与え、野球の面白さを教えたそうです。 また試合前に難病と戦うファンの子供の病室を訪れた時に、「ホームランを打って!」とたのまれ、約束どおりにホームランを打った話は今でも多くの子供達に語られています。 |
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永久欠番のべーブルース(背番号3)とルー・ゲーリック(背番号4)。 ジョー・ディマッジオ(背番号5)、ジャッキー・ロビンソン(背番号42)やレジー・ジャクソン(背番号44)など、ヤンキースファンにはたまらない名選手の永久欠番が飾られていました。 ルー・ゲーリックはコロンビア大学出身の野球選手。 3番のべーブ・ルースに続き4番打者でした。 メジャー17年で平均打率.340、490本塁打、1995打点、2130試合連続出場、満塁本塁打23本など数々の記録を残しています。 ルーゲッリック病(筋萎縮性側索硬化症)という難病にかかり、引退したわずか二年後の37歳でこの世を去ってしまいました。 |
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ツアー参加記念として、キーホルダーをもらっちゃいました。 ヤンキースタジアムは「べーブ・ルースの建てた家」というニックネームがあります。 |
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2004度年ヤンキース選手情報ガイドは5ドル。 これは市販されていないガイドだそうで、ツアーの終わりにヤンキース・メディアの人が来て売ってくれます。 選手のデーターやヤンキースの過去のワールドシリーズのデーターなど、内容も充実しているので、ツアー参加記念として購入してもおもしろいかもしれませんね。 |
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ツアー終了後に訪れたヤンキースのオフィシャルグッズ店で売っていたクリスマスツリー用の飾り。 3種類売っていたのですが、スノーマンにヤンキースのマーク(写真のもの)が10ドル、ヤンキースタジアムの飾り10ドル、豪華版ヤンキースタジアムの飾り75ドル 。いろいろなものがありすぎてあれもこれも欲しいー!状態になってしまいます。 A・ロッド選手の直筆サインボール(約500ドル!)なども売られていました。 |
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球場の外には地下鉄が通っています。 駅内には警察署があります。 |
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球場のすぐ外にあるスポーツバーです。 チケットが手に入らなかった人達がここに集まって応援します。 シーズンが終わってしまうと、周りのお店のほとんどが閉まってしまいます。 他のページで説明しましたが、ヤンキースタジアムはブロンクス地区にあるのですが、この地区は犯罪が多く非常に治安が悪いです。 昼間でもブルックリンは危険な香りがします。 ガラーンとした雰囲気でちょっと怖い感じでした。 |
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壁に描かれていたヤンキースの歴代スター選手。 ニューヨークは雨が多いので、絵が薄くならないか心配しちゃいます。 |